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「狂言幕(きょうげんまく)」の始まり

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「狂言幕(きょうげんまく)」の始まり
 歌舞伎座や明治座などで使われている狂言幕(定式幕ともいう)の始まりは、江戸時代初期の寛永年間に、安宅丸(あたけまる)という船が伊豆から江戸に入った時、猿若座の太夫元であった初代中村勘三郎が召し出されて、船の舳先(へさき)で船音頭をとった。その褒美として、目録、金の采配と一緒に船覆いの幕を将軍家光から拝領した。この幕は黒白二色の物であったが、後にそのままで使うのを遠慮して柿色を加えて三色とした。次いで、中村座と市村座と縁組みが出来た時に、この幕を市村座にも分けたのであるが、市村座では白をやめて萌黄(もえぎ)色を用い、そこで現在のような黒・柿・萌黄の三色引幕が生まれたのである。

イメージ 1
狂言幕
画像の出典:歌舞伎座写真ギャラリー

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