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Channel: 原始人の見聞
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「美顔術(びがんじゅつ)」の始まり

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「美顔術(びがんじゅつ)」の始まり
 支那の有名な孔子は朝起きる時と寝る時には必ず両頬と口の辺りを各12回ずつ指先で軽くなで回し、表情筋のマッサージをしていたという。これはアメリカの映画女優が毎日行っている美容法の秘訣に一致しているという。
 日本での美顔術は江戸時代に入ってから大いに進歩し、まず色を白くする方法として官粉(漢方薬の鉛粉)十匁、密陀僧(一酸化鉛)二匁、白檀二匁、軽紛(塩化第一水銀)五匁、蛤の殻五匁の五種を粉末にし、それを卵白でといて顔にすり込むことや、冬瓜を煮込んで膏薬のようにし、夜寝る前に顔に塗ることや、あるいは糸瓜(へちま)の汁を採取してつける方法が盛んに行われた。そして、米糠で身体を洗ったり、卵白で顔の皺を伸ばしたり、贅沢なものになると牛乳風呂に入ったり、苦心惨憺たるものがあった。
 ソバカスには白梅、桜桃枝、浮草が、ニキビにはすべりひゆを煎じて用い、ホクロには蕪の実を摺って塗り、アザはおもとの黒焼とか青とんぼを摺りつぶした汁をつけ、イボは石灰を酒に浸し度々つける方法が行われた。また、色を白くするためには漢方の特効薬として甘松、白蕋(びゃくし)、ぶんどう、滑石、白附子(しろぶし)などがあり、一般には晒し木綿の袋に糠を入れて洗面に用いた。しかし、生き生きとした美しい容貌を永遠に望む人は、常に熟眠をとり、決して悲しい寝顔や悲しい顔をしないことが一番良いとされている。それは、いかに美顔術を施しても、夜ごと夜ごとにそうした苦悩を容貌に刻みつけては、自ら皺を増す道理であるからである。
 日本において美顔術として看板を掲げ、これを初めて職業とした人は、明治39(1906)の夏に、東京の京橋竹川町で開業した美容師の遠藤波津子が始まりである。

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