$ 0 0 「喜多流(きたりゅう)」の始まり 日本の伝統芸能である能楽の内、能のシテ方の流派である。安土桃山時代に和泉国堺の喜多七太夫長能は、7歳の時に豊臣秀吉の前で「羽衣」を舞い「七つ太夫」と呼ばれたという。金剛新六の門に入って猿楽を習い、次いで秀吉に召されて一家「喜多流」を起こし、観世・金剛・金春・寶生の四座に加わり、五座となったのが始まりである。 喜多流画像の出展:喜多能楽堂