「舌診(ぜつしん)」の始まり
江戸時代までは、患者の診察は主として脈と腹部であったが、のちに寛政7年(1795)頃から土田恕庵が『舌胎図説』を著し、次いで能條保庵が『腹舌図解』を著して傷寒(しょうかん:高熱を伴う急性疾患)の際には舌診が第一であると力説してから、ようやく舌診の方法が広く行われるようになった。
「舌診(ぜつしん)」の始まり
江戸時代までは、患者の診察は主として脈と腹部であったが、のちに寛政7年(1795)頃から土田恕庵が『舌胎図説』を著し、次いで能條保庵が『腹舌図解』を著して傷寒(しょうかん:高熱を伴う急性疾患)の際には舌診が第一であると力説してから、ようやく舌診の方法が広く行われるようになった。