「毛生え薬(けはえぐすり)」の話
人間の美の対照は様々で、毛深い女性を麗しいと賞賛し、あるべきところに毛が無い女性を「かわらけ」と言い、「もうけがない」と株屋に嫌われるかと思うと、当然あるべきところに一本の毛も生やさないのを神に奉仕する最良の美人だと考えているフイフイ教の信者もいる。
その有名な脱毛方法は、硫黄と消石灰を等分によく混ぜて薔薇水でベトベトにしたものを局部に塗ってから、軽く洗い落とすそうである。
平安時代には女性も男性も眉を落とし、書き眉にしたもので、庶民でも嫁入りする時には眉を落として青々とさせているのを濃艶とされていた。しかし、陰毛は明らかに性に関係しており、装飾的な意義ばかりではなく、異性の注目を性器に引きつけることは原始時代からの名残である。したがって、女性に多いと言われる「かわらけ」はさすがに気に病んだとみえ、江戸時代には毛生え薬が盛んに販売された。文化5年(1808)に十返舎一九が著した『江戸前噺鰻』に「こんどおらが隣に毛生え薬という看板が出たが、とんだ奇妙薬といふことだ。おれもこんなに小鬢(びん)先が禿げたから、つけてみようと買いにやりて、まず能書を読んでみれば、この毛生え薬は御つけなされ候ときは、紙縒(こより)にて御つけなさるべく候、もし指にて御つけなされ候えば、指の先へ、毛生え申し候」とある。