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Channel: 原始人の見聞
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「護摩の灰(ごまのはい)」の始まり

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「護摩の灰(ごまのはい)」の始まり
 江戸時代に道中を横行した小盗(しょうとう:こそどろ)のことで、旅人に紛れて街道をうろつき、旅になれていない行き帰りの旅人に、言葉巧みに近付いて油断した隙に財貨をかすめ取ったものである。
 その起源については『燕石雑誌』に「元禄年間(16881704)、高野聖(こうやひじり)と俗名して、弘法大師の護摩の灰なりといへるものを、いつはり売りて、なほよからぬわざをせし、小賊あり。其徒凡そ十人ばかり、東海道はさらなり、西北の道中を往来して、そのことすでに世に聞ゆるものから、高野山より公に願い出で、彼のともがらことごとく召し捕らわれたりとぞ」とある。これにより小盗を「護摩の灰」と言う様になった。また、当時の言葉に「かうやひじりに宿かすな、娘とられてはじかくな」といわれた。
 江戸時代の俳人として有名な横井也有が、ある道中で護摩の灰につきまとわれ、これを避けようと色々したが駄目だった。そこで也有は懐(ふところ)から懐紙を取り出して、それに矢立で「煩(うる)さくも付きくる蠅や笠のうち」と書いて出したところ、さすがの護摩の灰()もこれには参ったとみえて「結構な御名吟」と言い捨てて逃げ去ったという。
 「木っ端の火(こっぱのひ)」が「カッパの屁」になったように、「護摩の灰」は「胡麻の蠅」に転訛している。

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